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日本人は「努力信仰」を持つということが、しばしば語られてきた。
しかし、現代の若者たちは、昔の人たちのように、努力を重視しているとは考えがたい。
努力には、どうしても「忍耐」や「我慢」が伴うが、彼ら自身はむしろ、忍耐や我慢をして努力する姿を冷笑するようになったことは確かであろう。
現代の若者たちは熱くなれないのだ。忍耐や我慢は、彼らからすれば「かっこ悪いもの」の代表格なのである。
だからといって、彼らは望ましい結果や勝利を望んでいないわけではない。努力なくしてすばらしい結果を手にすることが、最も「かっこいい」と考えている。
仮想的有能感を持つ人が、通常の意味での達成動機づけの高い人とは思われない。
彼らは人前では自分はできるはずであることを示そうとする。そして成功した場合には、自分はほとんど努力しなかったのに、結構いい線いっていると吹聴する。
しかし、失敗した場合は、「急に家庭で大事故がおこった」「体の調子が悪くなった」「そもそも意味のないテストなので勉強しなかった」というように、さまざまな口実をあげつらう。
努力は諸刃の件であり、それによって目標を達成させることも可能だが、努力をつぎ込んだのに失敗した場合、努力しない場合よりも深く傷つくことになる。
現代の若者たちは後者の場合をひどく恐れているように見える。
速水 敏彦著 「他人を見下す若者たち」より
更新日:2012年1月27日