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「ユーモア」の源泉
ところで、笑いには相手を見ての笑いだけでなく、自分の姿を見つめての笑いもある。
自分の情けなさや無力さ、あるいは、いたらなさを冷静に見つめることによってホロリと笑ってしまう、言うなれば悲しみ型の笑いというものもある。
おそらく、仮想的有能感の高い人たちは、このような笑いを感じることがない。
自分を笑うことができないのである。
それは自分をゆっくり外側から冷静に見つめるだけの余裕がないことを物語っており、さらに、自分が傷つくことを極度に恐れているためでもある。
「ユーモアの源泉は哀愁である」というマーク・トウェインの言葉があるが、本当のユーモアは、周りを下に見て笑うのではなく、自分の人間としてのいたらなさ、不十分さといった、本来悲しみの源泉となるようなものを、少し距離をおいて他人の立場で眺められるようになったときに、生じるものではなかろうか。
速水 敏彦著 「他人を見下す若者たち」より
更新日:2012年1月27日